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中風の癒し

「中風の癒し」  マルコの福音書 2:1-12  2008-10-19


ロサンゼルスぶどうの木国際教会牧師  上野五男



今日は、マルコの福音書 2:1-12を中心テキストにして、「中風の癒し」という題でメッセージをいたします。この話も、聖書の中では有名な話なので、よくご存知の方が多いでしょう。かいつまんでストーリーを紹介しましょう。


カペナウムの町のある人の家にイエス様おられると、たくさんの人が詰めかけて来ました。そこでイエス様が話を始められると、一人の中風の男が4人の人にかつがれてその家にやってきました。群衆のためにイエス様に近づく事ができないので、屋根をはがして穴をあけて、床に寝ている中風の男をそのまま吊り下ろしました。イエス様は、「子よ。あなたの罪は赦されました」と言われると、律法学者たちが文句を言いました。イエス様は、律法学者たちの理屈を論破されて、中風の男を癒されました。それを見た人々はびっくりしたという話です。


今日は、私がはじめてこの箇所を読んだ時のことを思い起こしながら、メッセージの内容を考えました。私が、教会に行き始めた頃、始めてこの箇所を読んだ時のことを思い出します。「えっ、ほんまかいな?」と思ったのが4節です。


群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、その人々はイエスのおられるあたりの屋根をはがし、穴をあけて、中風の人を寝かせたままその床をつり降ろした。
(マルコ2:4)



いくらなんでも、屋根をはがして穴をあけるなんてできないじゃないか、と思ったのです。
私の頭には、日本の瓦屋根が固定観念としてしっかりあったからです。しかし、後にいろいろと調べてわかりました。現代の家の構造からすれば、屋根にのぼって瓦をはがして穴を開けるなんてことは考えられません。しかし、当時のパレスチナの家の屋根からすれば、それほど困難ではありませんでした。この当時のパレスチナの家の屋根は、材木の梁に木の枝を編んだものを置いて、その上に粘土や土の覆いをかぶせてありました。ですから、はがそうと思えば、ご簡単にはがすことができました。そして、家の外に屋根に通じる階段が作ってあったので、外から簡単に屋根に上ることができました。こういう当時の家の様子がわかるとこの話も納得できますよね。
私がはじめてこの箇所を読んだ時に、「えっなぜ?どういうこと?」と思ったのが、5節です。


イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました。」と言われた。(マルコ2:5)


5節を見て、「なぜイエス様はこんなことを言われたのだろう?」と思ったのです。そう思いませんか。5節を読んで、二つの疑問を感じました。まず一つ目です。集会を妨害しているのにどうしてこんなことを言われたのかということです。その時は、今で言うならば家庭集会の真っ最中ですよね。そのとき、天井がガサゴト音を立てて、土がバラバラと落ちてきます。そして、なんと穴が開いて人がつり下げられてきたのです。そこに集まっていた人たちは、もうびっくり仰天したことでしょう。イエス様にとってみたら、大切な神の国の話をしているところです。もう、集会妨害もはなはだしい。私も、今までいろんなところで集会をさせていただきました。メッセージをしているときに、小さな子供たちが数人声をあげて走り回ってくれた集会がありました。すごくやりにくかったことを思い出します。招かれた方ですから、「親御さん、静かにさせて下さい」とはなかなか言えません。「元気な子供たちですね」と言って合図を送ったのですが、何も反応がありませんでした。
聖書に戻ります。普通なら、「えっ、これは一体何事だ。今、集会中なのに!」と言うのではないでしょうか。そう思いませんか?


5節を見て、疑問に思った事の二つ目です。これは、要望に応える答えではないかということです。もう一度、この話の流れを振り返ってみましょう。
中風の男が4人にかつがれてイエス様のところに来たのはなぜですか。不治の病であった中風を治してもらおうと思って、決死の覚悟でイエス様のところに来たのですよね。彼らは、この男の中風を治して欲しいということでした。4人の男たちと、中風の男の関係については、聖書は何も記していません。親戚だったのか、友達だったのかよくわかりません。しかし、この男の病気、中風を治して欲しいと思って必死になってやってきて、屋根に穴を開けてまでしてイエス様のところに来たのです。そうすると、イエス様のお答えは、「あなたの中風を治してあげます」か、もう一つの答えとしては、「治せません」ですよね。イエス様のお答えは、「子よ。あなたの罪は赦されました」でした。「病気のことなのに、なぜ罪の話になるの?」と思いますよね。日本人には、どうもピンと来ない箇所です。私も、日本生まれ、日本育ちの日本人ですから、始めて聖書を読んだ時は、理解できませんでした。
当時、ユダヤ人の中で、律法学者たちは、旧約聖書のことをよく知っていました。
旧約聖書において「病気」とは、病理学的・生理学的な生命現象ではなく、罪の結果であると考えられていました。即ち、病気は、創造秩序が崩壊した結果、人間の世界に入って来たものだということです。


病気 → 罪の結果


病気と罪は、非常に密接な関係がありました。
広く考えてみると、この世界に起こっている戦争や数々の犯罪、自然災害、病気などは罪の結果だということができます。アダムとエバが罪を犯す前は、このようなことはなかったわけですから。


このような聖書理解があったので、律法学者たちはイエス様に理屈を言ったのです。6節と7節を見てみましょう。


ところが、その場に律法学者が数人すわっていて、心の中で理屈を言った。「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう。」(マルコ2:6-7)



創世記を振り返ってみましょう。アダムとエバが罪を犯したのは、誰に対してですか。神様が、「善悪を知る知識の木の実を食べてはならない」と言われた命令に逆らったわけですよね。これが原罪と言われます。即ち、人は神様に対して罪を犯したのです。だから罪を赦すのは、神様なのです。
こう考えると、律法学者の言っている、「この人は、なぜ、あんなことを言うのか。神をけがしているのだ。神おひとりのほか、だれが罪を赦すことができよう」ということばが理解できると思います。ということは、「罪を赦された」宣言されたイエス様は、御自身が神であると主張されたということです。イエス様は、律法学者たちに言われます。9節です。



中風の人に、『あなたの罪は赦された。』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け。』と言うのと、どちらがやさしいか。(マルコ2:9)



「どちらがやさしいか?」とイエス様は聞かれました。皆さんはどちらがやさしいと思いますか。「起きて、寝床をたたんで歩け」と言って、癒されなかったら、悲惨です。不治の病をことばだけで癒す事は難しいです。しかし、「あなたの罪は赦された」と言う方は、簡単に言う事ができます。口先だけならば、誰にでも言えます。なぜかと言うと、罪の赦しは目に見えないからです。しかし,それは人間がいくら言ったところで何の権威もありません。人間が口先だけで言っても、罪が残ります。この二つのどちらも、人間にとってはできません。しかし、神にとってはそうではありません。ここで、イエス様は、律法学者の理屈や私たち人間の常識を吹き飛ばすようなことをされたのです。10-11節です。


「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたに知らせるために。」こう言ってから、中風の人に、「あなたに言う。起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい。」と言われた。(マルコ2:10-11)


すると、どうなったでしょうか。12節です。


すると彼は起き上がり、すぐに床を取り上げて、みなの見ている前を出て行った。それでみなの者がすっかり驚いて、「こういうことは、かつて見たことがない。」と言って神をあがめた。(マルコ2:12)


この光景を見ていた人たちの驚きはいかばかりであったことでしょうか。
人々のことば、「こういうことは、かつて見たことがない」に注目して下さい。
「こういうこと」とは何を指していると思いますか。国語のテストみたいですね。
不治の病であった中風が癒されたことでしょうか。もちろん、それに驚いた人もいたことでしょう。はじめて、このような場にいた人もいたと思われますから。
しかし、イエス様の評判を聞いて、イエス様の行く所へついていく「追っかけ」のような人もいたと思います。彼らは、既にすごい癒しをされるイエス様の御業を見てきたのです。この時にはじまったものではありません。病気を治す人、不思議なことをする人は、旧約聖書の時代から何人もいました。じゃあ、彼らにとっての驚きは何だったと思いますか。彼らの驚きは、神の権威をもって、人間の常識を覆すイエス様を見て驚いたのです。即ち、神が人間の肉体を取られたお方、イエス・キリストを見たのです。だから、12節の最後を見て下さい。人々は、「神をあがめた」のです。
罪の赦しを与えるお方は神様だけです。イエス・キリストは神です。だから、御自身が「罪を赦す権威をもっている」と言われるのです。このときは、中風の男に対して言われました。


「罪を赦すこと」、それがこの中風の男性にだけでなく、この後、十字架で血を流し、死ぬ事によって、すべての人に及びました。この罪の赦しは時を越えて、現代の私たちにも与えられています。赦しが自分のものとできるには、一つ条件があります。それは、キリストが自分の罪を赦すために十字架で死んで下さったと信じて受け入れる事です。
そのとき、私たちは神との関係が回復され、本来の自分自身を取り戻して、生きる事ができるようになるのです。


今日、もう一度、私たちのために十字架にかかって血を流して、罪の赦しの道を完成して下さったイエス様を見上げましょう。イエス様から、力と元気をもらって歩む一人一人でありたいと思います。



(Copyright 2008(C) Itsuo Ueno. All rights Reserved.)



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お心一つで

「お心一つで」  マルコの福音書 1:40-45   2008-10-12


ロサンゼルスぶどうの木国際教会牧師  上野五男



今日は、マルコの福音書 1:40-45を中心テキストにして、「お心一つで」という題でメッセージをいたします。最初に、40節を見てみましょう。


「さて、ひとりのらい病人が、イエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。」
(マルコ1:40)



これは、新改訳聖書の訳ですが、「らい病人」と訳されているところに注目して下さい。口語訳聖書を見ても、「らい病人」と訳されています。ギリシア語では、「レプラ」ということばが使われています。どうして「らい病」と訳されるようになったのかと思い、歴史を調べてみました。旧約聖書の原典はヘブル語で書かれています。ヘブル語では、「ツァラアト」(צרעת,Zaraath)ということばが使われています。紀元前250年頃、ギリシャ語訳聖書「七十人訳聖書」が生まれました。これは、ヘブル語の旧約聖書をギリシャ語に翻訳した聖書です。


「七十人訳聖書」・・・ヘブル語の旧約聖書をギリシャ語に翻訳した聖書


このとき、「ツァラアト」は「レプラ(λεπρα)」と訳されました。1535年、ティンダルとカヴァーディルによって聖書の近代英語訳が完成し「λεπρα(レプラ)」は「leprosy」と訳されました。


צרעת(Zaraath ツァラアト)(ヘ)→ λεπρα(レプラ)(ギ)→ leprosy(英)


日本では、いつ頃、癩ということばが使われたのかも調べてみました。奈良時代に成立した「日本書紀」には、「白癩(びゃくらい・しらはたけ)」という言葉が出てきています。


奈良時代の「日本書紀」には、「白癩(びゃくらい・しらはたけ)」という言葉が出てくる。
鎌倉時代になると、漢語で使われていた「癩」(らい)・「癩病」・「らい病」が一般的になりました。日本では、もうこんな古い時代から、「癩」ということばが使われて来たので、レプラを日本語に訳す時、自然に癩病と訳したものと思います。もう一度、この流れをまとめてみましょう。


צרעת(Zaraath ツァラアト)(ヘ)→ λεπρα(レプラ)(ギ)→ leprosy(英)→ 癩(らい)病


いくつかの英和辞書を調べてみました。すると、もう「らい病」ということばは使われていません。「らい病」の代わりにどんなことばが使われているかご存知ですか。今は、ハンセン病ということばが使われています。1873年にノルウェーのアルマウェル・ハンセンが、らい菌を発見してハンセン病の原因が明確になりました。


1873年にノルウェーのアルマウェル・ハンセンが、らい菌を発見。


かつては不治の病とされましたが、後の医学研究によって感染力は弱いとわかりました。さらに、治療薬の出現により治療可能となりました。それまでは、感染力の強い伝染病だと考えられていましたが、医学の進歩によって新しい事実がわかったので、差別的な名前を改めようという意見がまず英語圏の国から出ました。忌まわしい印象をもつ癩病(leprosy)の語を避けるために、そして、以前は原因不明であったために恐れられていた病気のイメージを取り去るために、「leprosy」を「Hansen's disease(HD)」 という名称に変えようという運動が起こりました。いろんな経過を経て、1952年、アメリカ医学会(AMA)は「leprosy」を「Hansen's disease」に変更しました。


この影響を受け、日本でも、療養所に入所している人を中心に、「癩病」から「ハンゼン氏病」(Hansen's disease)への名称変更の動きが出てきました。1953年(昭和28年)2月1日に、「全国国立癩療養所患者協議会」(全癩患協)を「全国国立ハンゼン氏病療養所患者協議会」(全患協)と改称し、「癩」という言葉を消すことに成功しました。しかし、厚生省はその後も、「癩」を平仮名の「らい」に変更するのみにとどまり、学会名も「日本らい学会」と呼ばれ「らい」が使用され続けました。その後、いろんな経過を経て、1996年(平成8年)に、やっと、らい予防法が廃止されて、官民ともに「ハンセン病」が正式な用語となり、「日本らい学会」も「日本ハンセン病学会」に改称しました。


このような流れの中で、聖書の翻訳も変わりました。新改訳聖書の第3版では、「ツァラアト」という訳語が採用されました。


「さて、ツァラアトに冒された人がイエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。」
(マルコ1:40)新改訳聖書の第3版



みなさんがお持ちの聖書ではどのように訳されていますか。「ツァラアト」と訳されている聖書をお持ちの方、どれほどおられますか。
ここで考えて下さい。聖書翻訳では、なぜ、ハンセン病ではなく、ヘブル語の「ツァラアト」を使ったのかと疑問をもちませんか。お答えします。聖書学者がいろいろと研究した結果、聖書に出てくる「ツァラアト/レプラ」は,「らい病」いわゆる「ハンセン病」とは違うものだとわかってきたからです。考古学の研究でも、旧約聖書時代のパレスチナには,「ハンセン病」が存在しなかったということが明らかになってきました。また、医学的な見地からレビ記を読んでも「ハンセン病」とは別の病気だと言われています。では、聖書の「ツァラアト/レプラ」はどんな病気を指しているのかは、よくわかっていません。旧約聖書、新約聖書の時代にあった重い皮膚病である難病の一つだということだけです。考古疾病学のような学問が発展すればわかってくるかもしれません。


ここで、ツァラアトに冒された人の気持ちを考えてみましょう。マルコ1:40を見ると、ツァラアトに冒された人がイエス様のところへ来たとしか書かれていません。彼の気持ちが書かれていませんね。彼は、どんな気持ちでイエス様のところにやってきたのでしょうか。
旧約聖書のレビ13:44‐46に、この難病ツァラアトにかかっている人のことが書かれています。ここを読むと、どれほど悲惨であったか想像する事ができます。


「彼はツァラアトの者であって汚れている。祭司は彼を確かに汚れていると宣言する。…患部のあるそのツァラアトの者は、自分の衣服を引き裂き、その髪の毛を乱し、その口ひげをおおって、『汚れている、汚れている』と叫ばなければならない。その患部が彼にある間中、彼は汚れている。彼は汚れているので、ひとりで住み、その住まいは宿営の外でなければならない。」(レビ13:44‐46)


どうですか。ツァラアトという重い皮膚病だけでも、苦しいですよね。辛いと思います。
それなのに、「自分の衣服を引き裂き、その髪の毛を乱し、その口ひげをおおって、『汚れている、汚れている』と叫ばなければならない」というのは、ものすごく惨めです。悲惨です。
この時代、まだ医学が発達していませんから、原因も治療法もわからなかったのでしょう。重い皮膚病のため、体の表面がいびつにただれているような症状を見て、感染するかもしれないので、予防処置として、ツァラアトの者に間違って触らないようにという考えで、こんなことを言ったのだと推測されます。衣服を引き裂き、その髪の毛を乱して、『汚れている、汚れている』と叫んでいる人がいれば、すぐにわかりますからね。
しかしです。これをしなければならないツァラアトにかかっている人の気持ちを考えて下さい。病気以上に、精神的に辛く苦しいのではないでしょうか。更に、「ひとりで住み、その住まいは宿営の外でなければならない」のです。汚れているが故に、神に近づく事もできない、家族や友人とも話す事もできないのです。治る見込みもありません。こんなときこそ、周りの人の優しさが欲しいではないですか。それなのに隔離されて一人で生活しなければならないのです。なんと、辛いことでしょうか。まさに生ける屍状態です。


マルコ1章に出てくるツァラアトに冒された人も、こんな厳しい、苦しい、辛い経験をしていたのですね。重い皮膚病であり、それ故に人からも相手にされない、まさに絶望状態にあります。そんなとき、イエス様のことが聞こえてきたのです。「難病、奇病もたちどころに癒しておられるというではないか。よし、俺もイエス様のところへ行こう」と意を決してやってきたのです。行く途中も、「汚れている、汚れている」と叫んだことでしょう。


聖書に書かれていませんので、私は、このときの光景を勝手に想像しました。前回、学んだときのことを思い出して下さい。イエス様のことを聞いて、いろんな病気にかかっている人たちがわんさかとイエス様のところへ詰めかけたと学びました。翌朝になっても、人々がイエス様を捜していました。もう、ガリラヤ中にイエス様の噂が広がっているのです。おそらく、今日のメッセージの箇所でも、人々はイエス様を追いかけて来ているのではないかと思います。人々がイエス様の周りに群がっています。そこに、「汚れている、汚れている」と叫びながら、一人の男が近づいてくるのです。見ると、服は破れて、髪の毛は乱れています。皮膚がただれています。群がっている人たちは、「あっ、やばい!」と思い、その男に触れないように、思わず道を開けたのではないでしょうか。
ツァラアトに冒された男は、人目を気にしているどころではありません。もう、必死になって、イエス様のところに近づき、ひざまづいて言ったのです。40節。


「お心一つで、私はきよくしていただけます。」(マルコ1:40)


こんなとき、普通の人ならば何と言うでしょうか。「これ!汚れている者!近づくではない。おぬしに触れたら、こちらまで汚れるではないか。下がれ、下がれ!」となるでしょう。少し時代劇がかった言い方になってしまいました。イエス様はどうされたでしょうか。41節です。


イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。「わたしの心だ。きよくなれ。」(マルコ1:41)


イエス様は、この男を深くあわれまれました。この「深くあわれむ」という言葉は,「内臓」を指す言葉が語源となっています。


「深くあわれむ」という言葉は,「内臓」を指す言葉が語源となっている。


どういう意味だと思いますか。これは、つまり、「内臓」がよじれるような痛みを伴うような憐れみと言うことです。内蔵がよじれる痛みというのは想像がつきませんね。そうなんです。想像もできないような痛みです。それほどの痛みを伴う憐れみをイエス様は、このツァラアトに冒された男にもってくださったということなのです。イエス様は、この男の痛みを御自身の痛みとしてくださったのです。


先ほど少し触れましたが、日本では隔離政策の根源となった「らい予防法」が廃止されたのは1996年です。それまでは、ハンセン病患者の人々は,故郷や家族から引き離されて,隔離施設に入れられていました。そればかりか、1948年に施行された優生保護法によって、患者さんとその配偶者は断種・堕胎するように言われました。強制的に子供をもてないようにされたのです。どうしてこんなに長い間差別されて来たのでしょうか。作家の加賀乙彦(かが・おとひこ)さんは次のように言っています。


「結局は,相手の気持ちになって考えると,いうことが(欠如)していたのではないか」
(加賀乙彦氏)



「ハンセン病問題検証会議」のメンバーの一人で、九州大学法学部の内田博文教授はこのように言っています。


「(自分を含めた法律家を批判して)『法学を学ぶ上で最も大事なのは,苦しんでいる人の苦しみを自分の苦しみとして肌で感じられる能力だ』と言った恩師の言葉を,自戒を込めて,改めてかみしめます」(内田博文教授)


自分のことをまず第一に考えてしまうので、苦しんでいる人のことを考えなかったのです。重い病で苦しんでいる人、差別されている人のために「内臓を痛める」ような憐れみの気持ちがなかったのです。イエス様は、内蔵がよじれるような痛みをもって、ツァラアトに冒された男に憐れみをもって、言われました。41節です。


「わたしの心だ。きよくなれ。」(マルコ1:41)


このとき、主イエスは、手を伸ばして、触って言われました。もう一度41節全部を見て下さい。


イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。「わたしの心だ。きよくなれ。」(マルコ1:41)


東京神学大学の近藤勝彦教授は、イエス様が手を伸ばして癒された事について次のように言っておられます。


イエス様が手を伸ばして,触れられるということは,「主が病む人とつながってくださる」ということです。「人々は,主につなげられることによって病から癒された」のです。
近藤勝彦教授(東京神学大学)



いわれのない差別に苦しんでいたツァラアトに冒された男性の気持ちを想像してみてください。家族や友人から隔離され、一人孤独に生きていたのです。ぼろぼろに引き裂かれた衣服を身に着け、髪を乱し、道を歩く時は「汚れている、汚れている」と叫ばなければならない。そうすると、人が逃げていくのです。病気を怖がって誰も彼に近づこうともしない。もしも近づいて触れたら、その人も汚れてしまうからです。もう何年も彼に触れる者はいなかったことでしょう。だれも親切に声をかけてくれる人もいなかったことでしょう。その彼に、イエス様が手を伸ばして触れて下さったのです。彼とつながってくださったのです。そして癒して下さいました。42節です。


すると、すぐに、そのらい病が消えて、その人はきよくなった。(マルコ1:42)


イエス様の癒しはただ単に、パッと病気を癒されるのではありません。イエス様の癒しは、イエス様が、病で苦しんでいる人の痛みにつながって下さり、その痛みを代わりに引き受けて癒して下さるのです。イザヤ書53:4-5を見てみましょう。


まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。(イザヤ書53:4-5)


ここに出てくる「彼」というのは、イエス・キリストのことです。
「彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた」という箇所に注目して下さい。イエス様が、私たちの痛みを担って下さるので、癒されるのだということがわかりますね。


私たちは、ここに出てくる男のように重い皮膚病ではありません。しかし、さまざまな弱さや痛みをかかえています。体の弱さ、精神的な弱さをかかえています。なにかあるとすぐに落ち込んでしまいますよね。こんな私たちは、ときどき、いや、しばしば思います。こんなに汚れた私が、弱い私が、本当に主に受け入れられて癒されるのだろうか、救われるのだろうかと・・・。そう思うと、不安になってきます。しかし、そんな思いは、主イエスから来る思いではありません。そんな弱さをかかえる私たちだからこそ、イエス様は、私たちに手を伸ばして触れて下さるのです。
そして、言って下さるのです。


「わたしの心だ。きよくなれ。」(マルコ1:41)


私たちは、自分の力では強くなれません。しかし、主イエスが私たちに力を与えてくださるので強くされるのです。今週も、イエス様から力を与えられて、元気に勉強や仕事、主の奉仕ができるように祈っていきましょう。
最後にピリピ4:13のみことばを読んでお祈りしましょう。


私は、私を強くして下さる方によって、どんな ことでもできるのです。(ピリピ4:13)



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主の前に静まる

「主の前に静まる」  マルコの福音書 1:32-39   2008-9-28


ロサンゼルスぶどうの木国際教会牧師  上野五男



今日は、マルコの福音書 1:32-39を中心テキストにして、「主の前に静まる」という題でメッセージをいたします。キーバースは、35節です。


さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。(マルコ1:35)


今日は、「主の前に静まって祈る」ということにフォーカスを当てて学んでみたいと思います。
今日の箇所は、イエス様の評判がガリラヤ地域一帯に広がり、たくさんの人たちがイエス様のところにやってきて、イエス様がものすごく忙しくなってきたところです。
カペナウムの町で汚れた霊につかれた人から、その霊を追い出されました。これが契機となって、イエス様の評判がガリラヤ全地に広まったと28節は記しています。


こうして、イエスの評判は、すぐに、ガリラヤ全地の至る所に広まった。(マルコ1:28)


更に、先週学びましたように、イエス様は、熱病で寝ていたシモン・ペテロの姑さんを瞬間的に癒されました。この出来事も瞬く間に広がっていったのですね。現代なら、テレビ局の取材クルーや新聞記者などがわんさと詰めかけることでしょう。当時は新聞社やテレビ局のようなメディアはありません。では、どのようにしてイエス様の噂が広がったのでしょうか。口コミしかありませんよね。噂を聞いた人々は、たくさんイエス様のところにやってきました。32節です。


夕方になった。日が沈むと、人々は病人や悪霊につかれた者をみな、イエスのもとに連れて来た。(マルコ1:32)


何人ぐらいの人たちが集まって来たのでしょうか。聖書にはその人数は書かれていません。33節を見ると、「町中の者」と書かれています。


こうして町中の者が戸口に集まって来た。(マルコ1:33)


当時のカペナウムの人口はどれほどだったかも書いていません。けれども、「町中の者が」というので、かなりのすごい人数だと思います。
32節の最初に「夕方になった」と書かれています。普通、夕方は仕事が終わる時です。夕方、一日の仕事を終えて、ゆっくりと食事をしてその日の疲れを癒したいと思いますよね。そんなときに突然、誰かに来られたら迷惑です。日本人の常識で考えれば、そんな時間に突然押しかけるのは失礼です。でも、夕方に、わんさかと人々がイエス様のところにやってきたのです。押しかけた人たちは常識がなかったのでしょうか。はっきり言えばそうなんです。
なぜ日が暮れてから人々が出かけたのかということについては、ユダヤ人の文化が関わっています。
21節を見て下さい。


それから、一行はカペナウムにはいった。そしてすぐに、イエスは安息日に会堂にはいって教えられた。(マルコ1:21)


この日は、安息日だったことがわかりますね。ユダヤ人は、安息日には働きません。
現代でも、イスラエルのユダヤ人地区に行くと、マンションなどのエレベーターは自動運転で各階に停まっていくようになっています。エレベーターのボタンを押すのが労働ということになるので、安息日にボタンを押さなくてもいいようにするためです。安息日の起源を思い起こしてみましょう。
創世記1章を見ると、神様が1日目に光をつくられ、2日目に大空と水をつくられ、3日目に陸地と植物をつくられ、4日目に日と月星をつくられ、5日目に鳥と魚をつくられ、6日目に動物と人間をつくられたと書かれています。


神による創造の経緯
1日目に光
2日目に大空と水
3日目に陸地と植物
4日目に日と月星
5日目に鳥と魚
6日目に動物と人間



では、7日目には何をつくられたのでしょうか。7日目には何もつくらず、休まれました。
これが、安息日の起源になっています。創世記2:2を見てみましょう。


それで神は、第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち、第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。(創世記2:2)


これが、モーセの時代になり、律法となりました。出エジプト記20章には10戒が書かれていますが、その4番目の戒めに、「安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ」とあります。出エジプト記20:8です。


安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ。(出エジプト記20:8)


さらに10節も見てみましょう。


七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。
(出エジプト記20:10)



神様が、7日目に休まれたので、人間も休むというわけです。1日目が日曜日ですから、安息日にあたる7日目は土曜日です。ユダヤ人は、安息日には、どんな仕事もしません。医者も治療をしません。ということは、病人がお医者さんのところへ行っても、診てもらえないわけです。ですから、治療をして欲しい人々は、安息日が終わるのを待っていたわけですね。ユダヤでは、一日が日没から始まります。ですから、安息日は、金曜日の夕方から土曜日の夕方になります。
安息日が終わったので、人々は、「それー、行けー」というわけで、病気を治してもらいにイエス様のところへ行ったわけです。そうは言うものの、夜だから遠慮してもよさそうなのに、人々はイエス様のところに殺到しました。非常識に見えますが、それほど切羽詰まっていたのだと思います。


このような人々に対してイエス様はどのようにされたでしょうか。34節です。


イエスは、さまざまの病気にかかっている多くの人をお直しになり、また多くの悪霊を追い出された。そして悪霊どもがものを言うのをお許しにならなかった。彼らがイエスをよく知っていたからである。(マルコ1:34)


イエス様って優しいですね。疲れているとき、忙しいときに、頼まれごとをするとイヤなものです。しかし、イエス様はいやな顔ひとつされずに、病気の人々を癒してあげました。その夜は大変、忙しくされたことでしょう。何時に休まれたのかは聖書に書いてないのでわかりませんが、かなり遅くまで人々のために働かれたことだと思います。それでも、その夜すべての人に対応できなかったのです。そのことは、翌日の朝になって、シモン・ペテロたちが、イエス様が祈っておられるところへ探しに行くところでわかります。36-37節を見てみましょう。


シモンとその仲間は、イエスを追って来て、彼を見つけ、「みんながあなたを捜しております。」と言った。(マルコ1:36-37)


朝になって、噂を聞いてやってきた人たちもいたと思います。イエス様の身になって考えてみましょう。昨晩からものすごい忙しさです。人々が次々にやってくるのです。その忙しい夜と、慌ただしい朝の間に、35節、今日のキーバースがあるのです。35節をもう一度見てみましょう。


さて、イエスは、朝早くまだ暗いうちに起きて、寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた。(マルコ1:35)


主の前に静まって聖書のみことばを読み、祈りの時を持つことを「デボーション」とか「静思の時」と言います。デボーションを辞書で調べると次のように出ていました。


devotion
[1]ささげる[られる]こと; 没頭, 専念, 打ち込んでいること
[2]献身的愛情, 熱愛, 忠誠,
[3]信仰(心), 信心.
[4]祈祷(とう);礼拝.



デボーションは、ささげることです。時間を神にささげて聖書を読んで祈る事です。
日本語では「セイシ」と言いますが、「静かに思う」という漢字を使った熟語です。辞書にも出ている立派な日本語です。


静思(せいし)・・静かに思うこと。静かに考えること。


内容は、個人礼拝ですから、個人礼拝と言ってもいいと思います。


「毎日デボーションの時間を持つのが難しい」という証しをよく聞きます。皆さんはいかがでしょうか。「毎日デボーションの時間を持っておられる人は手を挙げて下さい」と聞きません。現代は、デボーションのときを持てないほど、忙しい時代になってきていると思います。あるいは、自らを忙しくしているという場合もあります。
現代は、めまぐるしく政治や経済が変動している社会です。仕事をしている人は、その中で実績をあげることが求められます。学生たちは、試験にパスするために必死で勉強しなければなりません。
学生も社会人もふくめて、みんなやること、なすことが山ほどあるのです。そのような中で、毎日、デボーションの時間を持つようにと勧める事には注意が必要です。なぜかと言うと、こんなに毎日忙しいのに、その上にもう一つしなければならないことを増やすのかと思ってしまう人がいるかもしれません。また、毎日デボーションの時間を十分に取ってない人は、「自分はダメなクリスチャンだ」と自信をなくし、自己嫌悪に陥ってしまう危険性もあるからです。


次のようなおすすめを聞いたらどう思いますか。
「毎日聖書を読んでお祈りするデボーションは、クリスチャンにとっては霊的な糧です。御飯を食べないと、仕事も勉強もできません。だから、デボーションをしないと霊的にやせ衰えていきます。だから、デボーションは毎日しなければなりません。必ずなすべきことなのです」
いかがですか。どんな気持ちがなりましたか。よーし、頑張ってやろうと思った方はどれだけおられるでしょうか。


主の前に静まる事は、クリスチャンが「なすべきこと」の一つという捉え方でいいのかどうか考えてみましょう。イエス様は、朝早く起きて祈る事が「なすべきこと」の一つだから、そのようにされたのでしょうか。
東京神学大学の近藤勝彦先生のメッセージの一つに『中断される人生』というのがあります。その中で、次のようなことを語っておられます。
「私の父は48歳で,家内の父もやはり46歳の若さで亡くなりました。いわば,これからというところで、突然「中断させられる」ように人生を終えてしまいました。でも,そういう親の死を通して、私たち人間の人生というものは、まだまだしたいこと、なすべきこと、また、どうしてもしなければならないことがあると思っているまさにその時に、その営みを途中で打ちきられる形で「中断される人生」なのではないかということを教えられました。そこには、一人の例外もありません。みんなそのような経験をするのです」


「中断される人生」ということばに注目して下さい。考えてみると、信仰者もそうです。信仰生活の中で「中断される人生」を生きているのではないでしょうか。忙しさの中で、すべきことに振り回されながら生きている時、その流れからしばし「中断される」のです。私たちが、日曜日に礼拝に集まること。これは、日々の忙しいスケジュールを中断させなければできないことです。しなければならない責任や義務をしばし中断して、神様に心を向けるのです。そのとき、私たちは、賛美を通し、祈りを通し、メッセージを通して、私たちの人生の主人は自分ではない、イエス・キリストなのだということをもう一度教えられるのです。


「主の前に静まる」というのは、自分の歩みをしばし中断して神の御前に出るということなのです。ですから、「主の前に静まる」、「デボーション」をするというのは、クリスチャンが「なすべきこと」の一つではありません。それどころか、「なすべきこと」を全部ストップして、主の前に出て、主の臨在の中で喜ぶことなのです。


詩篇46:10にこんなみことばがあります。


「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。」(詩篇46:10)


文語訳聖書では「汝ら静まりて、我の神たるを知れ」と訳されています。


「汝ら静まりて、我の神たるを知れ」(詩篇46:10)文語訳


格調が高く威厳があっていいですね。
リビングバイブルでは次のように訳しています。


「奮闘するのをやめ,わたしが神であることを知れ。黙ってじっとしていなさい。わたしが神であることを知りなさい。」(詩篇46:10)<リビングバイブル>


どうでしょうか。すごくわかりやすいですね。


私たちは、日々の忙しさに追われて、頑張ります。私なんかも、そういう傾向が強いですね。ドイツの作家ミヒャエル・エンデという人がいます。彼の作品に『モモ』という傑作があります。児童文学ですので読みやすいです。イタリアのローマを思わせるある街に現れた「時間貯蓄銀行」と称する灰色の男たちによって人々から時間が盗まれていきます。みんなが心に余裕が無くなってしまった中で、貧しいけれども友人の話に耳を傾け、自分自身をとりもどさせてくれる不思議な力を持つ少女、モモの冒険によって、奪われた時間を取り戻すというストーリーです。1973年に書かれました。その中に、こんなことばがあります。


時間を貯金しているつもりが、いつの間にか、本当に大切なもの、真実なものを見失ってしまっている。(『モモ』 ミヒャエル・エンデ著)


忙しさの中で押しつぶされそうになる私たちに対して、イエス様は、生活の流れを中断する生き方を示して下さっています。その祈りがイエス様の宣教活動の力となっていったのです。


私たちも、一時、中断する生き方をすることによって、自分自身は主のものであるということを再確認し、主から力を与えられるのです。
最後に、もう一度、詩篇46:10をご一緒に読んでお祈りしましょう。


「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。」(詩篇46:10)



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主イエスを信じる幸い

「主イエスを信じる幸い」 マルコの福音書 1:29-31 2008-9-21


ロサンゼルスぶどうの木国際教会牧師  上野五男


今日は、マルコの福音書 1:29-31を中心テキストにして、「主イエスを信じる幸い」という題でメッセージをいたします。先ほど、今日のメッセージ箇所を読んでいただきましたが、今日の箇所はたった3節だけです。ストーリも簡単です。イエス様がシモンとアンデレの家に行かれて、シモンの姑さんの熱病を癒されたという話です。まず、29節を見て下さい。


イエスは会堂を出るとすぐに、ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家にはいられた。(マルコ1:29)


今日のメッセージでは、ここに書かれているシモンにフォーカスを当てて、学んでみたいと思います。復習をしてみましょう。シモンとアンデレはどういう関係でしょうか。マルコ1:16を見ると、二人は兄弟だとわかりますね。


ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。(マルコ1:16)


シモンはお兄さんでアンデレは弟でした。先週、学びましたように、シモンと言うのは、シモン・ペテロのことです。本名はシモン(שמעון)ですが、イエス様により「ケファ」(アラム語で岩という意味)というあだ名で呼ばれるようになりました。後に、同じ言葉のギリシア語訳である「ペテロ」という呼び名で知られるようになりました。


マルコの福音書には、「シモンとアンデレの家」と書いてありますが、マタイの福音書やルカの福音書を見ますと、この家は「ペテロの家」と書かれています。マタイ8:14を見てみます。


それからイエスは、ペテロの家に来られて、ペテロのしゅとめが熱病で床に着いているのをご覧になった。(マタイ8:14)


ですから、シモン・ペテロの家にアンデレが身を寄せていたと考えられます。
聖書に書いてないので、弟のアンデレは、結婚していたかどうかわかりません。しかし、シモン・ペテロは結婚していたことがわかりますね。どこからそれが言えますか。30節のことばでわかります。


ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床に着いていたので、(マルコ1:30)


「しゅうとめ」って、どういう漢字を書くかご存知ですか。「女が古い」と書きます。失礼ですよね。普通、姑というと、ご主人の母親がまず頭に思い浮かびます。なぜかと言うと、「嫁と姑」の関係は難しいので、よく引き合いに出されるからです。しかし、「婿と姑」の関係もあるわけです。即ち、奥さんの母親です。辞書を見ますと、次のように出ていました。


姑(しゅうとめ)・・夫または妻の母。


シモン・ペテロは、姑さんと一緒に住んでいたので、シモン・ペテロは結婚していたとわかります。シモン・ペテロは、姑さんを引き取っていたのですね。シモン・ペテロには、子供がいたかどうかは、聖書に書いてないのでわかりません。


シモン・ペテロとアンデレの兄弟がイエス様に従う前は、どんな仕事をしていたかというと、先ほど見た16節を見ると漁師だったことがわかります。シモン・ペテロは、一家の大黒柱として、妻と妻の母親、弟の面倒を見ていたわけです。しかも、姑さんは、病気で寝ています。シモン・ペテロには、一家を養うという責任が肩にのしかかっていました。


マルコ1:16-18で、シモン・ペテロと弟のアンデレが網を捨てて、イエス様に従いました。その時から、イエス様がシモン・ペテロの家に入られた時まで、どれくらいの時間がたったのか、はっきりと書かれていません。しかし、そんなに時間は経っていないことと思われます。漁師をやめてイエス様に従うという事は大変な決断ですね。だって、一家の大黒柱ですから。それを、奥さんに話したのでしょうか。皆さん、どう思いますか。聖書に書いてないからわかりません。
「俺は、漁師をやめてイエス・キリストというお方についていく決心をしたぞ!」
このことは必ず奥さんに言わなければなりません。すでに奥さんに話していたとしたら、どうでしょうか。きっと夫婦喧嘩の一つや二つはあったでしょうね。一般的に女性は安定志向型が多いですから、「あんた、何をバカなことを言ってるの!私ら、これからどうやって生活していくのよ!」ってなります。まだ話していないと仮定したら、シモン・ペテロは気が重いでしょうね。当然、思いますよね。これからどうやって、家族を食べさせていけばいいのだろうかと・・。病気で寝たきりの妻の母親をどうしたらいいのかと考えます。イエス様、家族を養うために給料を下さるのかなとか、まあいろいろと考えたのではないでしょうか。家族をかかえていると、普通こういうことを考えますよね。


そんなときにイエス様が、シモン・ペテロの家に来られるというのです。シモン・ペテロはどんな気持ちだったでしょうか。今、お話したような不安感に加えて、寝たきりの病人がいる家にお客様を迎えなければならないというプレッシャーがあったのではないでしょうか。皆さんの家に寝たきりの病人がいて、そこにお客様をお迎えするという状況を想像してみてください。それも、急に来る事になったお客さんだと言われるとどう思いますか。女性は、何をどうしようかと考えて気が重くなるではありませんか。シモン・ペテロの奥さんの気持ちを考えて下さい。うちの亭主に仕事をやめさせた得体の知れない、うさん臭い男が突然来るというのです。女性の皆さん、あなたがシモン・ペテロの奥さんなら、どう思うでしょうか。そんな妻の気持ちを想像するシモン・ペテロは、どんな気持ちだったでしょうか。29節をもう一度見て下さい。


イエスは会堂を出るとすぐに、ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家にはいられた。(マルコ1:29)


この文だけでは、イエス様がシモン・ペテロの家に行くと言われたのか、シモン・ペテロが来て下さいと言ったのか、わかりません。しかし、いずれにしろ、シモン・ペテロは、イエス様に家に来ていただこうと決心したのですね。「人間的に考えれば、いろんな不安はある。病気で寝たきりの年寄りがいる。ろくな接待もできない。妻も十分、イエス様を理解していない。けれども、このありのままの現実の中だけれども、来ていただこう」と思った事でしょう。


そしてイエス様が来られました。30節を見てみましょう。


ところが、シモンのしゅうとめが熱病で床に着いていたので、人々はさっそく彼女のことをイエスに知らせた。(マルコ1:30)


「人々」とは誰でしょうか。シモン・ペテロと奥さん、アンデレですよね。それにイエス様と一緒にシモン・ペテロの家に入ったゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネも含まれていたと思います。近所に住んでいる同じ漁師仲間だったので、ペテロの家の事情も知っていたのでしょう。


寝たきりの病人がいる場合、普通、お客には見せたくないと思いますよね。それなのに、シモン・ペテロと家族は、すぐにイエス様に知らせました。熱病で寝たきりの姑さん、家族がかかえている問題といってもいいでしょう。それを包み隠さず、全部イエス様に申し上げました。そうするとイエス様は、どうされたでしょうか。31節です。


イエスは、彼女に近寄り、その手を取って起こされた。すると熱がひき、彼女は彼らをもてなした。(マルコ1:31)


イエス様は、瞬時に癒しのみわざを行なわれました。癒された姑さんは、すぐにもてなしをしたわけです。すごいですね。このときのシモン・ペテロの気持ち、奥さんの気持ちは書かれていませんが、びっくりしたことでしょう。感謝した事でしょう。


網を捨ててイエス様に従ったものの、シモン・ペテロの心にはさまざまな葛藤があったことでしょう。しかし、そんな不安や葛藤を全部イエス様におゆだねしたら、こんな素晴らしい祝福を与えてくださったわけですね。従う者に与えられる祝福です。
キリスト教信仰は、ご利益信仰ではありません。しかし、主イエスに従う者には祝福が与えられると聖書のみことばは約束しています。創世記15:1を見てみましょう。


アブラハムよ。恐れるな。
わたしはあなたの盾である。
あなたの受ける報いは非常に大きい。
(創世記15:1)



このみことばの通り、神様に従ったアブラハムは、たくさんの報い、祝福を受けました。
年を取ってから、息子イサクが与えられた事、そして自分の子孫が増やされたこともそうですね。


ここで混乱しやすいことを整理しておきたいと思います。
聖書の言う従う者への祝福と、ご利益信仰はどのように違うのでしょうか。
御利益信仰は,ギブ&テイクの関係が基本になっています。初詣で神社へ行って、さい銭を投げるのはなぜですか。これだけさい銭を投げたら、商売を繁盛させてくれるだろうと思うからです。ご利益をもらうために、拝み、さい銭を投げるのですね。ご利益がなければ、別のご利益のありそうな神社やお寺に行きます。そこには、人間が神を尊敬し献身して従うという関係はありません。
一方、聖書の信仰はどうでしょうか。
全知全能であられ、創造者であられる神様との信頼にもとづく契約関係です。信頼して従うべき方に従うならば、祝福して下さいます。試練をも、訓練の時として信仰を成長さえてくださるのです。


今回の出来事は、シモン・ペテロの家族を変えてしまいました。
先ほど、姑さんがいやされて、もてなしをしたと申し上げました。この「もてなした」という原語のギリシア語は、「仕えた」とか「奉仕した」とも訳せることばです。姑さんは、癒しの恵みを受けてから、イエス様に仕えて奉仕したというようにも考えられます。
シモン・ペテロの妻はどう変えられるでしょうか。この奥さんも熱心な弟子の一人になっていきます。第一コリント9:5を見てみましょう。


私たちには、他の使徒、主の兄弟たち、ケパなどと違って、信者である妻を連れて歩く権利がないのでしょうか。(第一コリント9:5)


これはパウロのことばです。ケパはシモン・ペテロのことです。シモン・ペテロは信者である妻を連れて伝道していたということですね。パウロは、うらやましそうに言っています。
伝承によれば、シモン・ペテロの奥さんは、主人よりも早く殉教したと言われています。もしそうなら、彼女は、信仰の勇者に変えられていったのですね。


私たちの人生でも、不安や葛藤を覚える時がよくあります。イエス様に従っていけばいいとわかるのです。でも現実を考えると難しいと思うことがあります。しかし、信仰と勇気をもって従うとき、主イエスは、私たちのかかえている問題を解決して下さるばかりか、それ以上の祝福を与えてくださる事を覚えたいと思います。最後に黙示録2:10の後半のみことばを読んでお祈りしましょう。


死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。
(黙示録2:10後半)





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主イエスにとって大切なもの

「主イエスにとって大切なもの」 マルコの福音書 1:21-28  2008-9-14


ロサンゼルスぶどうの木国際教会牧師  上野五男



今日は、マルコの福音書 1:21-28を中心テキストにして、「主イエスにとって大切なもの」という題でメッセージをいたします。先週からからマルコの福音書のシリーズメッセージが始まりました。1章の前半は、イエス様がバプテスマのヨハネから洗礼を受けられ、ガリラヤで宣教を始められた事が記されています。今日の箇所に書かれている出来事は、カペナウムで起こりました。
マルコ1:21を見て下さい。


それから、一行はカペナウムにはいった。そしてすぐに、イエスは安息日に会堂にはいって教えられた。(マルコ1:21)


カペナウムはどこにあるのか地図で確認してみましょう。
まず、当時のパレスチナの地図です。


map3


北にあるのはガリラヤ湖です。ガリラヤ湖の沿岸あるのがカペナウムの町です。
ガリラヤ湖の拡大図を見てもらいましょう。


map4



「ガリラヤ」には「波」という意味があります。有名なヘルモン山など、四方を山に囲まれているため、風が吹くと逃げ場が無くなり三角の波が立つそうです。
ガリラヤ湖の北の岸辺にあるのがカペナウムです。カペナウムは、共同訳聖書ではカファルナウムと訳されています。同じ場所です。「カペナウム」とはヘブライ語の「クファル・ナウム(Kfar Nahum)=慰めの村」を語源とし、バビロンに通じる中継地として繁栄していた町です。


「カペナウム」とはヘブライ語の「クファル・ナウム(Kfar Nahum)=慰めの村」を語源とする


カペナウムはイエス様の宣教の本拠地とも言える町で、イエス様はここに3年間住み、安息日にはここにあった会堂で教えられました。ですから、現在、カペナウムに行きますと、こんな看板を見る事ができます。


gate


マルコ1:29を見ますと、カペナウムにはペテロの家があったことがわかります。


イエスは会堂を出るとすぐに、ヤコブとヨハネを連れて、シモンとアンデレの家にはいられた。(マルコ1:29)


シモンと言うのは、シモン・ペテロのことです。本名はシモン(שמעון)ですが、イエス様により「ケファ」(アラム語で岩という意味)というあだ名で呼ばれるようになりました。後に、同じ言葉のギリシア語訳である「ペテロ」という呼び名で知られるようになりました。


本名はシモン(שמעון)→「ケファ」(アラム語で岩という意味)というあだ名 →同じ言葉のギリシア語訳である「ペトロ」という呼び名で呼ばれた。


ペテロの家の写真を見たいですか。これがそうです。

stone


現在、この上に聖ペテロの家教会が建てられています。
その写真を見て下さい。


church


空飛ぶ円盤のような形をしていますね。
ここにペテロの像が立っています。その写真も見てもらいましょう。


peter


右手を見て下さい。何を持っていますか。鍵を持っています。これは、天国の鍵です。
マタイ16:19にあるみことばからきています。イエス様がペテロに言われました。


わたしは、あなたに天の御国のかぎをあげます。(マタイ16:19)

足下に魚が見えますね。これは、イエス様が、ペテロに銀貨をくわえた魚を釣らせ、神殿税を納めさせたマタイ17:24-27の箇所からきています。ガリラヤ湖とカペナウムの聖書旅行案内のようになりました。


さて、マルコの福音書の今日の箇所に戻りましょう。
イエス様がカペナウムの町に入られたとき、何が起こったのでしょうか。
イエス様が会堂で教え始められたときに、人々は驚きました。そのとき、汚れた霊につかれた者が会堂にいて、叫び出しました。24節です。


「ナザレの人イエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」(マルコ1:24)


このことばは、会堂にいた男性の口を通して出てきました。この男性が自分の意思で言ったのでしょうか。そうではありません。じゃあ、誰が言わせたのですか。そうですね。汚れた霊です。そんなの信じられないと思う人がいるかもしれませんが、聖書を読んでみますと、このような悪霊がたくさん出てきます。聖書を間違いのない神のことばと信じるならば、聖書に書かれている悪霊の存在も信じるのが当然のことです。


このとき、この男の気持ちになって考えてみましょう。この男にとっては、こんなことを言うのは自分の考えでありません。彼の肉体を利用した汚れた霊によって言わせられているわけです。言ってみれば、彼の心と体がバラバラになっている状態です。


このような状態は悪霊にとりつかれていなくても起こります。先ほどお話したペテロのことを思い出して下さい。ペテロはイエス様の一番弟子と言われました。
マタイの福音書26 章には、最後の晩餐のことが書かれています。最後の晩餐の後、イエス様はオリーブ山へ行かれて、弟子たちに「あなたたちは、私の故につまづいて逃げてしまう」と予告されます。そのとき、一番弟子であるペテロは何と言いますか。マタイ26:33です。


すると、ペテロがイエスに答えて言った。「たとい全部の者があなたの故につまづいても、わたしは決してつまづきません。」(マタイ26:33)


そのとき、イエス様は、「あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度、わたしを知らないと言います」と予告されます。そうしたら、ペテロはムキになって反論します。マタイ26:35です。


ペテロは言った。「たといごっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」(マタイ26:35)


こんなえらそうなことを言っていたペテロはどうなりますか。イエス様が捕まえられて、取り調べを受けているすぐそばで、女中たちから「あんた、あのイエスという男と一緒にいただろう。あんたも、あの男の仲間だろう」と言われて、3回も「知らない」と否定してしまいます。
イエス様を決して裏切らないとタンカをきっても、イエス様を見捨ててしまうのです。
心と生き方がバラバラになってしまう姿を見る事ができます。


ペテロは目立つ存在でしたから、裏切ったのはペテロだけだと思いやすいのですが、他の弟子たちもそうでした。マタイ26:35をもう一度見て下さい。ペテロのことばの後に書かれています。


ペテロは言った。「たといごっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」弟子たちはみなそう言った。(マタイ26:35)


「弟子たちはみなそう言った」ということばに注目して下さい。ペテロだけではない。他の弟子たちもみんな、「裏切りません」と言ったということです。しかし、後になって、弟子たちはみんな裏切って、イエス様を見捨てて逃げて行きます。マタイ26:56を見てみましょう。


そのとき、弟子たちはみな、イエスを見捨てて逃げてしまった。(マタイ26:56)

ここは、祭司長や民の長老たち、ユダヤ教の指導者から差し向けられた群衆がやってきて、イエス様を捕まえようとするところです。弟子たちも、思いと生き方がバラバラだったことがわかります。


律法学者やパリサイ人たちもそうです。彼らは、神の律法を熱心に守って、神に認められようとしていました。しかし、神様が遣わされたイエス様を批判し攻撃し、ついにはイエス様を殺そうとしました。自分たちこそ、神に従っている人間だと自負していたのですが、実際のところは、神様のお心に反する事をしていたのです。心と行動がバラバラになっていました。


このようなことは、ペテロや弟子たち、それに律法学者やパリサイ人たちだけに起こった事なのでしょうか。実は、現代に生きる私たちにも起こっていることではないかと思います。
本当は、まっすぐな道を行かなければならないのに、心に反して右の道を行ってしまう事もあります。心と裏腹な人生を歩まなければならないときもあります。
マルコ1:24をもう一度見て下さい。


「ナザレの人イエス。いったい私たちに何をしようというのです。あなたは私たちを滅ぼしに来たのでしょう。私はあなたがどなたか知っています。神の聖者です。」(マルコ1:24)


「いったい私たちに何をしようというのです」と訳されていることばを新共同訳聖書で見てみますと、「かまわないでくれ」と訳されています。このことばが男の口から出た時、汚れた霊が言わせたのですから、男性の意思はなかったことでしょう。しかし、私たちは意識して言う時があります。
生き方と行動がバラバラであることを自分でも知っている時、「かまわないでくれ」と思ってしまうときがあります。現代の若者のことばで言うと、「関係ねーよ。ほっといてくれ!」という感じです。生き方と行動がバラバラである人生は疲れます。不幸せです。


そんな人生を歩んでいる人に対してイエス様は何と言われるのでしょうか。
マルコ1:25を見て下さい。


イエスは彼をしかって、「黙れ。この人から出て行け。」と言われた。(マルコ1:25)


「この人から出て行け」とは、汚れた霊に対して言われたのですね。汚れた霊がこの男性の心と体をバラバラにしていたのです。イエス様が、その原因を取り除いて下さるのです。
汚れた霊は、「かまわないでくれ」と言いました。つまり、「あなたとは何の関係もない」ということを言った訳です。
これに対して、イエス様は、「とんでもない。私はこの男性とは大いに関係があるのだ」と言われます。神からこの男性に与えられた命が、人格が本来の姿ではない。その命を本来の姿に戻すために、イエス様がかかわって下さるのです。


どんな顔であっても、外見であっても、神様から命を与えられて創造された人間は、神様にとってかけがえのない尊い存在です。その中の一人でも失われる事があってはならないのです。そのために、神様はイエス様をこの地上に送って下さいました。


私たちをこよなく愛して下さる神様のお心を今日、もう一度覚えたいと思います。
「あなたは私のものだ」と言って下さる神様の愛の懐(ふところ)に抱かれて、やすらぎを与えられ、元気になって今週一週間を歩みたいと思います。
最後に、イザヤ43:1の後半を読んでお祈りします。


「怖れるな。私があなたを購ったのだ。私はあなたの名を呼んだ。
あなたはわたしのもの」(イザヤ43:1)




写真提供:ハシムの世界史への旅


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